2015/08/15

俳句をタイトルにした超短編小説集『夏物語』を無料配布します。



「小説を書きませんか」と大手出版社から連絡があったのは今年の初め。「新しい文芸メディアを発刊します。ぜひ執筆陣に加わってください」

私は本業は会社員だけれど、傍らで如月美樹という名で俳人としての活動を始め、もうそろそろ20年になる。作品は『新日本大歳時記』(講談社)に採録され、NHKラジオ第1で季語と俳句を紹介するコーナーの台本とパーソナリティも経験した。パーソナルなシーンで肩書きは、と聞かれるとまず「俳人」と頭に浮かぶ。



でも、小説を書くという経験はなかった。いや、なかったと言ったら嘘になるか。小学生の頃にはノートに物語を書き続け、友達に回して読んでもらっていた。学生になってからはワープロで物語を書き連ね、未完の作品の断片がハードディスクにたくさん眠っている。旅を、ただの記録ではなく何らかの作品に結晶化させておきたくて、時たまショートストーリーを書くこともある。



しかし「小説」とは! とてもとても敷居の高い、越えられない表現方法のような気がした。

ただ、俳句に限界も感じていた。自分の表現者としての限界ではなく、理解し、共感してもらうことへの限界。

俳句は有季定型の文学、つまり、季語があって(基本的には)575の17音、という、型のある文芸である。その17音の中に宇宙すら盛り込めるという、非常に奥深い短詩で、私は現代の働く女性という立場でつくっているのだけれど、いかんせん、短すぎるし、季語との取り合わせを読み解くのが少し難しく、なかなかそのよさをわかってもらえない、というジレンマがあった。

しかし、俳句の世界では自作を解説するのは野暮な行為だとされる。野暮なことはしたくなかった。きっぱりと、潔く生きていきたい、という気持ちと同様に。

そこで、依頼をきっかけに、これまでに発表した俳句をタイトルにし、その世界はこんな風なのだよ、ということを小説で表現してみよう、という野暮な行為に手に染めてみることにした。



そうして、試行錯誤すること数か月。夏をテーマにした俳句と小説の3作目を編集部に納めた直後、その文芸メディアが中止になったという詫び状が届いた。



さて。



宙に浮いた作品をどうしよう。せっかくなので、読んでみたいという酔狂な人に読んでもらおうか。そう思い立ち、本の形にして無料配布することに決めた。1999年に平日毎日配信していたメールマガジン「俳句+ドローイング」企画の際にコラボレーションしていたイラストレーターの加藤龍勇氏と、何度もお仕事をしたことのある信頼するグラフィックデザイナー、武田英志さんが企画に賛同してくださり、イラストとデザインでご参加いただいた。



そうしてできたのがこの小さな作品集『夏物語』である。

依頼は2000文字の超短編小説だったので、どれもとても短く、小説と呼べるのかどうかもわからない。でも、この俳句には裏にこういうストーリーがあるのね、と思うきっかけにしてもらえたらうれしいし、そういう人が1人でも増えたら、俳句の世界にも貢献できるというもの。

興味をもっていただければ、そして読んでくだされば、これ以上の喜びはありません。

ぜひ以下よりダウンロードください。



『夏物語』如月美樹

https://www.dropbox.com/s/q2fyd7xf8lchiaw/natsumonogatari.pdf?dl=1

2015/06/24

香港、一夜のクルーズ、波間に身を任せて。


目覚めると、背中に響くかすかな振動で、私は海の上にいるのだと気がつく。ほの明るいベッドサイドのテーブルを見れば、飲みかけのワインボトルが1本。もったいないことをした、部屋で飲むなんて。

電気を消すためにベッドを出て、バルコニーのほうを見る。ぽつり、ぽつりと白い光が見えるほかは闇だ。ガラスのドアを開けると潮の香りがする。

ここは客船の中だ。

女がひとりで旅に出ると、何かあったの、と聞かれる。髪を切ったら、ふられたの、と聞かれる古典的で使い古された、もはやジョークとしか取れないな常套句と同じだと思うのだけれど、返事をするのも煩わしくて、誰にも言わずここまできた。

香港へのフライトを最後に選んだのはもう20年も前。社会人になったばかりの頃だ。手軽なデスティネーションとして人気だったこの地は、その後、ほかの様々な世界の場所に埋もれて、忘れ去られていたように見える。

わずかな時間を完全に自分のものにするために、九龍のオーシャンターミナルからクルーズ船に乗るという方法を選んだ。船が出てしばらく経つと、セルラーもWi-Fiも途切れた。これで、本当にひとりになる。

何か所も設置された厳重なセキュリティ・チェックを経て、この船に乗り込んだのは18:30。まだ夕陽がかすかに傾きかけた頃だった。スーパースター ヴァーゴ。乙女座という名のスーパースター。やっぱり、世界を救うのは女なのね、と私は笑う。



一晩だけのクルーズ。決まったレストランでの食事やエンターテイメント、ショー、プールなどは基本的にオールインクルーシブ。今夜はもう、ここから外へ出る必要はない。計画を立てることも、行き方を調べることも、予約の電話をすることも、顔色を伺うことも、わずかな言葉に棘に含ませることも必要ない。

財布だって必要ない。チェックイン時に渡されたカードですべてが事足りるから。明日の朝、チェックアウトのカウンターでクレジットカードをスライドさせるまで、私はすべてから自由で、安全だ。

Welcome、といわれると、クルーズが始まる。リラックスして集う人々の大半は広東語を話している。その中に、わずかに英語が混じる。

ゲンティンパレスでの食事を終えて、デッキ13、最上階のタベルナ バーへ場所を移す。ここからは香港島の夜景がパノラマとなって見渡せる。夜風がドレスの裾をはらませると、汽笛が低く響き、エンジンの振動が伝わってくる。出航だ。



普段、シャンパーニュに何か混ぜて飲むなんてシャンパーニュの神さまへの冒涜だ、なんて言っているくせに、こういう場所ではなぜかカクテルが飲みたくなる。シャンパーニュ・カクテルは、ビターで甘い。

急速に去っていった世界的メーカーとブランドの電飾を、いつか見た夢のように遠く感じ始めたら、私の知らない夜の始まりだ。レイディ、もう1杯いかがですか。アジアの若者のはにかむような接客を、心地よく感じる。普段、もっと遠く…そう、欧州や米国へ旅したときのような鎧も緊張も必要ないのは、私が彼らと同じアジア人だからなんだろうか。

プールを見渡すステージの上に、国籍混合のバンドが現れる。見るともなく眺めていると、よく知った曲を演奏し始める。AdeleのSet fire to the Rain。以前、この歌を聴いたのは、大地の広がる場所でのことだった気がする。今にも降りそうな雨を連れてきた。あれはいつのことだったか。

それから船内をひとめぐりして、カジノで楽しむ人たちの姿を見て、でも結局チャレンジはせず、もっとリラックスしようとリフレクソロジーを受け、ハウスワインを1本買って部屋まで戻ってきたことは覚えている。900以上もある部屋、きちんとたどり着いたのは奇跡だ。

そしてシャワーを浴びて、ワインを開けて…それからは覚えていない。おそらく、何も考えることなく眠ることができたのだろう。夢も見ずに今までいたのだから。



水平線の向こうがかすかに明るくなる。もうすぐやってくる朝、そしてまた港へ戻る船。香港島のスカイラインを眺めながら、私はきっとデッキ12のメディテラニアンビュッフェで朝食を食べ、さて今日は香港で何をしようか、と考えるのだろう。

そして日本へ戻って…どうするのだろう。

今は考えなくていい。その時に自分で答えを出せるだろう。私はまたベッドに入り、船のかすかな振動に身を任せる。もう少しだけ、波間をたゆたうように眠っていたいから。



2015/05/23

進化するFlickr、自動アップローダーがとっても便利。

最近、外で写真の出し入れをしなくてはならないシーンが増えて、またFlickr熱が高まってきたら、いろいろ進化していたので驚いた。

先週は、今年実装された自動アップロードのアプリFlickr Uploaderを導入した。指定したフォルダに写真を入れたり、iPhoneを繋いだりSDカードを挿すと勝手にアップロードしてくれる。日々写真を撮っていると、これがとても便利!


自動アップローダーはメニューバーからコントロールできる。


さてブラウザでアップロードされた写真を見ると、年月日で自動的に分類してくれるCamera roll(これも便利)にMagic Viewという表示を見つけた。クリックすると勝手に「Landscape」とか「People」とか「Animal」とかに分類してくれる。写真は「Landscape-Shore」。





調べたらごく最近実装されたばかりの機能でまだベータ版。

いろいろ見ていくと、自分の顔写真のほとんどが「People-Child」に分類されていて、うれしいやらなにやら複雑な気分。私の骨格って、子どもなんだろうなあ。もういい大人になったんだけど。

まだ分類は甘いところがある気がするけれど、これ、後日、自分の写真を探すときに便利そうな機能ではある。


私は長くproで使っているので、有料で無制限のストレージをもっているんだけど、新規のproアカウント受付は停止されてしまった(2013年のリニューアルの後、いろいろ紛糾したのは記憶に新しい)。

ただ、今からFlickrを始める人は無料で1TB(!)の容量が使えて、これでも十分だと思うのでぜひ使ってみるといいと思う。日本語表示はないけれど、使い方がわからない場合は、検索するといろんな人が書いてくれているからきっと大丈夫だ(いい加減だなあ)。

Flickr

2015/05/10

旅の人ー故郷と地方と東京と。


昨年からご縁あって富山、金沢などの"地方”と、プロジェクトという形で多くかかわった。特に富山へは、ライフワークの「100人プロジェクト」のために何度も通って多くの場所を訪れ、多くの人と会った。

「この地域のこういうものがいいよね」と感じたり話したりするうち、無意識に私は「東京にはこういうことってないだろうし」みたいな言い方をしているらしい。活動をともにしている東京生まれ育ちの仲間が、そのたびに私を軽くキッとにらむ。

「東京にはないもの、って言わないで。東京にだってあるんだよ」

地域のいいもの、を、東京と比較して(しかも「ないもの」として)しかとらえられない私に気がついて、そのたび愕然とする。

「あ、また言っちゃったね、ごめん」

果たして私はどこに立っているのだろう、と思う。

私は熊本の生まれ育ちで、20代になるまで関東という土地に来たことすらなかった。それから東京ではたらいて生活してきた。でも、アイデンティティは分かちがたく熊本にあると思っていた。なんといっても、私が育った場所だから。

それが、昨年から何度か、プロジェクトのために熊本を訪れる、という経験をして、まったくそうではないことに気がついた。

私、熊本のこと、なんにも知らない…。

学生のころよくツーリングに行った阿蘇も、海水浴やダイビングに通った天草も、高校時代にあれだけ毎日歩いた"街”(熊本では市内中心部のことをこうよぶ)も、まったく知らない場所に見えた。

出会った人々も、まったく知らない人ばかりだった。私の生まれ育った場所にこんな人たちがいたんだ、と思った。長く知っているはずの友人達ですら、私のまったく知らないフィールドで活躍する人になっていた。

そうか、私は"旅の人”になったのかもしれない。

旅の人、とは富山で「よそもの」を意味する言葉、らしいと初めて行ったときに聞いた。

Wikiにはこうある。


普通は「外出身で富山に在住してもない人」のことを指す。「富山出身で外に在住している人」を指すこともある。(中略)外出身者に閉鎖性を感じさせる言とされる。(中略)この言を使っているには、外からの文化をえる人々をまれびととして上座に置いてもてなす意もあるため、失礼を意して使われる言ではない。(Wikipedia)

まれびと、とは「時を定めて他界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在を定義する折口学の用語」(Wikipedia)だそうだ。

よそからやってきて何かをもたらす人。

さまざまな地域に対して、そして故郷に対してすら、もしかして、そうなれているのなら、それは本望というものかもしれない。

いつか遠い昔に、「旅をして生きていきたい」と願ったことがあるから。

つい先日まで、旅は自分だけが何かを得るものだと思っていた私は、あと2年で、熊本で暮らした日々と東京で暮らした日々が等分になる。

2015/01/15

知恵を借りる、図書館という"自分の書庫"。



小学生の頃には、年間でもっとも本を借りた人、ということで学校図書館に名前が掲示されたりした。意外に思われるかもしれないけれど、実はじっと家にこもっているのが全然苦にならないタイプ。友達とはあんまり遊ばず、本ばかり読んでいたのが私の少女時代だ。

学生時代にはまだレポートを書くために学部の図書室によく出入りしたけれど、その頃はもう「義務」という感覚が強くなっていた。そして大人になって、図書館からはすっかり遠ざかった。

社会人になって自分自身の仕事として日々いろんなコラムを書いたり企画をつくったりするようになって、ふたたび調べ物の機会が増えた。その頃にはYahoo! やGoogleが世の中に生まれていたけれど、事象についての「歴史」や「考察」など…つまり、一連の"流れ"としてのまとまった情報はネットでは手に入らないことが多い。

というわけで、私はけっこう図書館を活用している。

その時によく使っているのが、全国の図書館から本をキーワードで検索できる「カーリル」というサイト。ここで、自分の行きたい図書館を選びキーワードを入力すると、関連書籍が一覧できる。この結果がおもしろい。こんな本があったのか! という意外な発見があり、タイトルを眺め、本の内容をざっと見ているだけでも新たな切り口を思いつくことがある。




検索するだけでなく、図書館に蔵書があるかどうか、あれば、貸し出し中なのか、現在書架にあるかどうかまでわかるようになっている。私の場合は中央区立京橋図書館を利用することが多いので、その後中央区立図書館のwebに行き、図書館で発行してもらったIDとパスワードを入れて予約しておき、本を借りにいく…というのがパターン。都内の別の図書館にしか蔵書がない場合は、取り寄せておいてもらえるので便利だ。

"図書館をもっと楽しく”というのがこのサイトのコンセプトらしい。テーマ別におすすめの本を紹介してくれて、自分がよく利用する図書館に蔵書があるかということと現在の貸し出し状況まで検索してくれる。Amazonへのリンクも貼ってあるので、レビューも参考にできる(もちろん購入できるし自身もAmazonで買うことも多いけれど、できれば書店に本を買いに行きたいので"購入できる"とは書かなかった)。

いつも利用するのはここまでだったので、サイトの他の部分はあまりのぞいていなかったのだけれど、よく見てみると、図書館における電子書籍のデータ集約の整備に取り組んでおられたり、APIを提供して他社がさまざまなアプリを開発していたりと、積極的に展開していらっしゃるようだ。

今回、久しぶりに図書館を利用したところ、自身でバーコードをスキャンして借りていく「自動貸出機」のシステムが整っていたので驚いた。図書館も進化中なのですね。

本、特に新刊を「借りて読まれる」ことに対する出版社の葛藤は以前からあるし、出版社の人間として理解もできるものの、個人的には、その本を読みたい、と思う人がいることがまずはうれしいし、どうしても手元に置いておきたいと思う本なら購入する人もいるだろう。実際、私も図書館で借りて読んだ資料で、後日購入したものが何冊もある。

なによりも、私にとっては、横断的に資料を探すことができて、借りて使い、また返却できる”外にある自分の書庫”のように図書館を使うのが心地よい。もはや書店では手に入らない本も、図書館にならある。

今も、高価でとても手に入らない本、絶版になっている本などを何冊か図書館で借りて、とある原稿を書いている途中だ。もちろん現場の人に取材もしている。いろんな人の知恵が私のなかで渦巻き、分解されてまたひとつになり、文章や企画でアウトプットする。それが私にとっての人生の喜びのひとつ。

そんなときに、図書館は実に心強い味方になってくれるな、と改めて思った。

2015/01/11

ヨコハマ・モトマチ・ストリート

Photo : Miki Ikeda

言うまでもなく私たちは3人とも本業を持っており、
東京女的生活というのはいわゆる部活動というか大人のバンド活動というか、
そんな位置づけである。

バンドだったら音楽をつくっていく。
それが私たちにとっては何かを書くとかトークをするとか、そういうこと。

メンバーの弓月ひろみの本業はタレントなので、
表に出てしゃべる仕事が多い。

昨年暮れに、彼女から、
元町クラフトマンシップ・ストリートで
2015124()25()におこなわれる
『〜おいしい生活 しあわせNABE〜 モトマチNABEフェア』の
オープニングイベントにロバート・ハリスさんとともに出演し、
食べ歩きをレポートする仕事があるんです、と聞いた。

おお、元町。
以前、元町まで歩いて5分のところに住んでいたことがある。
横浜港の船の汽笛が聞こえてくるんだよね。
休みの日には丘公園まで歩いてバラ園で本を読んだりさ。
そんな話をしていた。

しばらくすると、彼女から、
「このフェアで霧笛楼さんが出すNABEメニューを
いち早くいただける機会があるんですが、行きませんか?」と誘われた。

12もなくOKし、3人で時間を合わせて
霧笛楼さんにお伺いすることになった。

何か体験するなら何もせずにはいられない3人である。
せっかくなのでそのメニューをいただきつつ座談会を書こうということになった。
そうしたら、せっかくなのでと
霧笛楼さんからも鈴木社長が来てくださることになった。
そうしたら、せっかくなのでと弓月ひろみが
音声を録りましょう、と提案してくれた。

そんな経緯で出来上がったのが
このnoteの自主連載「東京女的生活 #017」である
(音声は「女的RADIO」と名付けてこの中からリンクを貼ってある)。

こんな感じで、何かが起きると誰かがアイディアを出し、
スキルを持ち寄ってつくりあげていく、というパターンである。

Ingressバッテリーのリリース直前で、
今夜は徹夜だ、これから作業の続きだ、今夜は会社に泊まるからといって
目の下にクマをつくって元町まで出かけてきたぴちきょを見送り、
弓月ひろみと私は元町のアメリカンな炭火焼きダイニングで
カウンターに座った。

「なんか、ゆづちゃんとこうやって2人で食事するの、初めてかも」
「あ、そういえばそうですね。しかもここは横浜ですし」
「私は小旅行気分でふだんとまったく違う気分でここにいるわけだけど、
ゆづちゃんは地元感があるんだよね?」
「そうですね、ふだん都内で会うときとは逆の感覚ですよね」
「おもしろいね、こういうのも」
などと言って、スパークリングワインのグラスを重ね合わせた。

そして、した話はというと新しい企画について。
いつもいつも、結局、何かをつくることを考えているのである。

帰宅後、3人はメッセンジャーでオンラインになった。
作業の途中だというぴちきょを交えて、
また2時間ほど企画についてアイディアを出し合った。
さっきまで3人で会っていたというのにね。
こういう話ならいつまでも尽きないよね。

「じゃあね、ぴちきょは会社で寝るなら風邪を引かないように」

メッセンジャーを落として、眠る準備をしながら、
私は人生においてもとても幸福なピリオドにいるのではなかろうかとふと思った。

実は元町の近くに住んでいたときは
とてもとてもさびしく悲しい日々だったのだ。
何があったというわけではなく、何も、本当になにもなかったから。

同じ場所で何だかふんわりと幸せな気分になって、
ああ、めぐってきたんだ、何もない場所から今このときへと、と思った。

ヨコハマ・モトマチ・ストリート。

その日の夢は何を見たのか、覚えていない。

※このエントリは「女的ブログ」からの転載です。

2015/01/10

「感情の無駄遣い」をやめてみた——ストレスのない日々のために。

Photo : Miki Ikeda


しばらく前から「感情の無駄遣い」という言葉をよく使っていることに気がついた。「感情の無駄遣いはしたくない」というように。

なぜこういう言いかたをするようになったのか、考えてみた。

人は…いや、私は、腹を立てたり悲しかったり嫉妬したりと、いわゆるネガティブな方向の感情に翻弄されながら生きている。この時の疲れ方はとてもひどい。心をすり下ろし器でガリガリと削られているような消耗を感じる。とても痛くて、とことんすり減って、後に残った部分はギザギザになっている。そして血まみれだ。

たとえばその嫉妬が、思い人に対する「あの人は今ごろ何をしているんだろう」ということだとする。「何の連絡もないしSNSでもオンラインになっていないし、きっと誰か女性と会っていたりするに違いない」と思い込む。この時ストレスを感じる。じわじわと大きくなってくる。振り払うことができずよく眠れない。

しかし、実は疲れて早く寝てしまっていただけ、というのが事実だったりする。

たとえば腹を立てるということが、「『○○女子』という言い方がけしからん」ということだとする。見渡すと、その言葉がやけに目につく。しかし、けしからんと思おうが思うまいが、世の中にそういう言い回しはあふれているし、だからといって、それが私の生活になにか支障を来しているわけではない。

言いたい人には勝手に言わせておけばいいのだ。

そう、嫉妬や立腹といった感情は、自分の中に自分が生み出したものなのだった。しかも放っておくと、どんどん巨大化して暴れて、手に負えなくなる。

なので、「感情の無駄遣い」というようになったのだろうと思う。しかし、無駄遣いをしている自分は情けない。かっこわるい。美しくない。粋じゃない。ならば、しなければいいじゃないか、と考えた。そう考えたとき、何かがストンと腹に落ちた。

それから、ムラムラとネガティブが感情が湧いてきたら「これ、感情の無駄遣いじゃない?」と自分に問うてみることにした。

さまざまなことが起きる世界だから、世の中に対する正当な怒りもあるだろうし、引き受けなければならない悲しみもあるだろう。そういう感情は”無駄”じゃない。だからおおいに怒ればいいときもあるし、とことん悲しむときがあったっていいと思う。

けれど、普段の生活では、好きな人の姿を見てドキドキしたり、美しいものを見てワクワクしたり、粋なことを体験してピンと張るような気分になったり…そういうことに感情を使いたい。

神戸発のソーシャル・デザイン集団issue+designに「ストレスマウンテン」というプロジェクトがある。自分が今どの程度のストレスを感じているかをオンラインで点数化し、心の健康を守るために行動するためのウェブサービスだ。

ストレスマウンテン(issue+design)

この2ページ目で提唱されている「ストレスマグニチュード(社会的再適応評価尺度)・現代日本版」は、1967年に米国で開発された評価尺度を現代に合わせて作り直したものだ。もともとの評価尺度は、配偶者の死を100、結婚を50としたもので(結婚もストレスになる!)、ご覧になったことのある方も多いだろう。

参考・心身の不調を予測する社会順応度尺度(NAVERまとめ)

何がどれくらいストレスになるのか、ということを知っておくことも、ストレス回避に役立つかもしれない。

また、iOSアプリに「ストレススキャン」なるものがあるのも発見した。iPhoneのカメラに指先を当てること約2分。自分の今のストレスの状態が0-100で測定できる。ちなみに今、計ってみたところ、私のストレス度は30だった。感情の無駄遣いをしなくなった成果は上々だ。

ストレススキャン

私の故郷、熊本は、湧水で有名な地。湧き水のようにいつもまっさらに、そしてさらりと生きていきたいと思っているのだけれど。